「人間の本質は悪」と考えるのは中二病

「人間の本質は悪なんだよ」なんて言って、人間についてすべて理解しているように思っている人もいますが・・・

まさに中二病

それってなんだか、マンガとかアニメとかの「かっこいい悪役」にかぶれた中学生のような態度です。すなわち「中二病」。^^;

一昔二昔前の中学生であれば「大人はみんな嘘つきだ!」なんて言うところですね。それと似たようなものです。

いい年した大人なら・・・そんな、ステレオタイプな決めつけ思考はやめて、

「目の前にいるこの人はどうなのか」

と見るべきでしょう。

おそらくそこにいるのは、善の部分も悪の部分も持った、普通の人間であることがほとんどでしょう。

つまり、人間の本質は善でも悪でもない、なろうと思えばどちらにもなれるというところが本当のところです。

もちろんスピリチュアルな視点を入れれば、人間は善ということになりますが、今回はそれは置いておきましょう。(笑)

フェアではない状況設定

「人間の本質は悪」であることの証明として、こんな例が出されることがあります。

「自分と他人と、どちらか一人しか生き残れないとしたら、ほとんどの人は自分だけ生き残ろうとするだろう」

たしかにほとんどの人はそうするでしょう。

でもこれをもって「人間は悪である」は言えません。

なぜならこの場合、選択肢があるように見えて実質的に選択肢はないから。

そんなギリギリの状況で、自分の命を選んだからと言って「お前は悪人だ」なんていわれたらたまったもんじゃありません。

つまり選択肢自体がフェアではないですよね。

フェアな状況設定

フェアな選択肢というのは、100%自由にどちらでも選べるような選択肢です。

「目の前に死にそうな人がいます。あなたは一切何の損をすることもなくその人を助けることができます。助けますか?見捨てますか?」

なんて場合、当然ほとんどの人が助けるでしょう。

つまり、100%自由に選べる選択肢であれば、普通の人なら善なる方を選ぶということです。

そこに普通でない、サディストのような人を持ってきて、

「ほらやっぱり人間は悪だ」

なんていうのもまた変な話ですね。もう無理やり人間を悪と決めつけたいとしか考えられない。

本能的にも

100%自由に選べるなら、普通の人は善なる方を選ぶというのなら、「人間はそもそも善である」と考えられなくもありません。

ただこちらも、善悪というより本能的なものじゃないかということもできます。

つまり人間は・・・他の動物に比べたら弱いです。人間なんて、チンパンジーにも余裕で負ける。それどころか可愛いわんこにも勝てない。

「霊長類最強」なんて言われたアレクサンドル・カレリンだって、クマには子供扱いされるでしょう。

それがなぜこんなに繁栄できたのかというと、知恵もあるでしょうが「協力」「助け合い」ということも大きいでしょう。

助け合って力を合わせることで、体力的には弱い弱い人間が生き残ってこれたわけです。

逆に助け合えない人間は子孫を残しにくかったとすると・・・

長い長い人類の歴史の中で「仲間を助けよう」とする人の遺伝子が多く残されたとしても不思議ではありません。

「100%自由に選べるなら、普通の人は善なる方を選ぶ」というのはそういうことなのかもしれません。

ということで、それを善悪に分類していいのかという哲学的な問題はさておき、人間は本能的にも「善」の方を選ぶということです。

なので、極限状況の偽の選択肢を持ち出して

「ほらやっぱり人間は悪だ」

なんていうのは間違っているということです。

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