飯田史彦さんが紹介するスピリチュアルな仮説の一つです。
名前のとおり、人生は学びの場であるという考えですね。
地球は数ある学校のひとつであると。
私たちは何のために生まれてきたかといいますと、
肉体がなければ学べないようなことを学ぶためだといいます。
それで私たちは、生まれる前に人生におけるいろいろなことを設定して来るそうです。
どんな時代に、どんな国のどんな土地に生まれるのか、
誰を親とするのか、
自分の能力や容姿、正確はどんなものにするのか、
人生のどのあたりでどんな事柄に遭遇するのか、
自分で決めて生まれてくるようです。
ただ、自分で決めるといっても相談相手はいます。
この人生で深いかかわりを持つことになる人、例えば結婚相手などとは、
しっかりと相談して予定を立てた上で生まれてきます。
また、私たちよりちょっと進んだところにいる存在とも相談するようです。
思いっきり進んだ神や仏みたいな存在と相談するのかはわかりませんが、
ただ、最終チェックくらいはしてくれるのでしょう。
しかし最終的には自分で納得して決めるわけです。
だから自分の人生は100%自分に責任があるということになります。
それと同時に人生に起こる出来事はどんなに悪く見えようとも
自分にとって必要な試練なのだと自分で決めたことだと理解できます。
つまり、ライフレッスン仮設を取る限り、人生において本当に悪い出来事というのは
存在しないという結論になります。
すべてが必要なことで、すべてが魂の成長にとって最善です。
船井幸雄さんの「必然・必要・ベスト」も同じことを言っているのでしょう。
しかし自分がどんな人間か設定して生まれてくるなんて、
RPG(ロールプレイングゲーム)を思わせますね。
それも多人数が参加できるMMORPG。
私がMMOが好きなのは、生まれる前の記憶が影響しているのだったりして。