「生きがいの創造」などで紹介されている仮説の一つに死後生仮説というのがあります。
飯田史彦さんはこれを、「人間はトランスパーソナルな存在である」と説明しています。
トランスパーソナルとはまた耳慣れない言葉ですが、
日本語にしてみると「個を超える」という意味になりそうです。
私たちが通常認識している自分とは、肉体と顕在意識ということになると思います。
しかし自分の中には潜在意識もあります。自分で意識することができない意識です。
でもそんなことなら何もスピリチュアリズムでなくたって心理学で十分ですね。
だから飯田史彦さんの仮説はさらに個を超えていきます。
まず「死後生仮説」の名前からわかるとおり、時間的に個を超えていきます。
つまり肉体が滅んでも自分は存在し続けるということですね。
肉体は借り物に過ぎないという考えです。
借り物なら粗末に扱っていいかというととんでもない。
借り物だからこそ大事に扱うのがマナーってものですよね。
時間的に個を超えるだけでなく、空間的にも個を超えていきます。
つまり我々は今この時も、お互い何らかの形でつながっているということです。
我々はこの肉体の中に限定されているのではなく肉体の外にも広がり繋がっている。
人間同士に限らず、生きとし生けるものすべてと繋がっている。
肉体をもたぬ存在ともつながっている。
だからテレパシーや虫の知らせなんかがありうるということです。
この2つの「トランスパーソナル」を信じるなら、
まず「死」という絶対的な絶望が我々からなくなります。
これだけでもなんと心が軽くなることか。
そして我々は孤独ではないということがわかります。
どんなに自分は孤独だと感じていても、それは真実ではない。
あなたは他のみんなとつながっているし、
いつもそばであなたを見守ってくれている目に見えぬ存在もいるのだ
ということですね。