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科学教

現在多くの人が科学教という宗教の信者になっています。
人間誰しも信教の自由がありますので
科学教を信仰することも自由です。

この科学教、科学をすべての判断基準におこうというものですが、
基準たる科学に比べて「科学教」の方は
はるかにラディカルです。

科学的に存在を証明できないものは、
「あるかないかわからない」
のではなく、
「ないものとみなす」
というスタンスを取っているくらいですから。

科学教によれば「あの世」だの「霊」だのというのは
ばかばかしい「たわごと」に過ぎません。
そんなことを信じる人は知的に劣ると考える信者さえいます。

科学教が人々の幸せにつながるのならそれもいいでしょう。

しかし、科学教にとって存在とはこの世だけなんです。
そしてこの世は悪と不条理と不公平に満ちています。
この世で悲惨な目ばかりに遭って死んでいった人は、
単に不運で生まれてきた意味がない人だということになります。

殺された人は、殺され損です。

いい思いをしている人はほんの一部で、
大多数の人々は困難を耐えながら生きて死んでいきます。

そしてそのほんの一部の、いい思いをしている人々も
必ず死んで無となります。

死ねば人間はゴミと同じような扱いを受けます。

子孫を残せたらいいじゃないか、という人もいるでしょうが、
人類だっていつかは絶滅するでしょう。
この宇宙にすら寿命があるのですから。

以上のような結論を生む科学教、
人々を幸せにするのでしょうか?

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