悟りとは仏教で言えばなかなか得るのは難しいもののようです。
仏陀の悟りとは言葉で説明できるものではなく、体験による確信です。
それは瞑想によってしか得られないことのようです。
サマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想によって徐々に悟りに近づけるようですが、
悟りにも段階があるのですね。
瞑想の結果、ものすごい歓喜に包まれることがありますが、
ものすごい歓喜がある状態というのは、
瞑想のスタート地点にすぎないそうです。
では普通の人には悟りなんて得られないのか?
私たち凡夫は諦めるしかないのでしょうか?
あ、仏教で「諦める」というと「明らめる」つまり物事をはっきりさせることなので、
諦めると言っちゃあいけないな・・・・
私たち凡夫は悟りを得ることはできないのでしょうか?
いや、凡夫には凡夫のための悟り(っぽいもの)があります。
言葉による悟りですね。
まあ、生きていく上で便利な考え方と言いましょうか。
考え方を少し変えるだけで人生を生きやすくなるなら、
その新しい考え方は一種の悟りと言ってもいいんじゃないでしょうか?
では、飯田史彦さんの本、
「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」についての
感想を紹介します。
子供にこそ読ませたい!
宗教的な修行など一切ないのに、仏陀の求めた宇宙的な意識へと直接導いてくれる良書です!
この意識が身に付くとおとなに成ってから楽なので、学童版も出してもらいたいです。
飯田史彦さんの本書を読むと、熟語の中に以前どこかで読んだ記憶が・・・
とおもい出したのがアダムスキーの『21世紀 生いのちの科学』でした。
(訳が難解だったし、彼は未だに多くの人に誤解されているようで残念です!)
私は、この本の中で書かれている、いわゆる「人生の状況」を
なんとか変えたいと思っていていろんな本を読んでいくうちに、
なんとなくこの本に出会ったのですが、読んで正解だったとおもいます。
飯田史彦さんのこの本によって私の今の人生の状況を変えることは期待できないとおもうけれど、
そんなものに影響されない本当の自分を生きることの方が大切なようにおもえました。
でも飯田史彦さんの本にあるように「今、ここ」に精一杯生きるという生き方は、
私たちの今までの生き方とは全く違うものの見方や態度を要求されるので、
はっきり言ってマスターするのはすごく難しいとおもいます。
私も気をつけてはいてもいつの間にか心が過去へ未来へ、
そして恐れ、願望に支配されてしまいます。
ですがきっと「今、ここ」に生きるという生き方を物にできれば、
今よりもずっと悩みのない平和な人生を送れるとおもうので、地道に努力していくつもりです。