公園の案内図

石神井公園
これから石神井公園駅の名前のもとになった石神井公園を探索していきたいと思います。
しかも夜の石神井公園です。どんなモンスターに襲われるかわかりません。
それに対して私の武器はデジカメに装備されたフラッシュビーム一基。
はたして無事に帰ってこられるのでしょうか・・・

さて、石神井公園への道順を説明しておきましょう。
まずは駅の南口を出て、右に向くと、みずほ銀行のATMがある通りが見えます。
その通りを線路に背を向けて少し進むとパン屋さんの「サンメリー」。
サンメリーを回り込んで右に曲がります。
そのまままっすぐ進むとマクドナルドのある交差点にたどり着きます。
そうしたらマクドナルドの入り口に背を向けて目の前の道をひたすら南下。
石神井公園通りですね。
しばらく歩くと石神井池の東端に達します。
ここが石神井公園の東の端に当たります。
ちなみに写真の案内板は上が南になっていますので
左の端にたどり着くことになります。(案内板拡大図
(地図左上の「+」を押すと拡大できます)

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石神井公園東端から南側へ

石神井公園
駅の南口から出て石神井公園通りをひたすら南下し、
ついに石神井池の東端にたどり着きました。ここから探検のスタートです・・・
が、いきなり私の勇気をくじくようなものに出迎えられました!
これは・・・いかなる生物なのでしょうか!?
写真をどうぞ。
門番
なにか巨大な生物がその長い首をもたげています。しかも複数!
ご覧の通り鉄格子の向こうにいますので私は何とか安全が保たれています。
しかし何なのでしょう・・・おそらく石神井池を守る主? いや門番か・・・
え? スワンボートだろうって? いや、でも怒鳴ってますよ?

もし彼らが大挙して襲ってきたら、こんな鉄格子などひとたまりもないでしょう。
私は早々にこの場を立ち去り、石神井池の南側に回り込むことにしました。
次の場所を示しましょう。
石神井公園
さきほどとはうって変わって、ここは極めて風情のある場所です。
池の上に板で作った廊下が渡してあります。
水面から程近い場所を歩くことができるようになっています。
私がちょうどデジカメをいじっていた時に
一組のカップルがその場所を渡ろうとしていまして、
足音に驚いた私は振り向きざまにフラッシュをかましてしまいそうになりました。
もしそんなことをしていれば、
恋人たちのムードをぶち壊した私は
コイのえさにされていたことでしょう。
鯉

謎の石柱群

巨石
私は水上の渡り廊下からさらに歩を西へ西へと進めました。
すでに暗い時間だというのにたくさんの冒険者とすれ違います。
男女のペア、犬を連れた人、半袖短パンで息を切らして駆けていく人、そしてヤブ蚊。
しばらくは木々に覆われたかわり映えのしない風景が続きます。
なんだかよく意味のわからない看板も立っていました。
メタセコイア
しかししばらく歩いたところで私は自分の目を疑うことになります。
この、水と緑で構成された風景が、まったく異質なものへと変化したのです。

有機物から、無機物へ。
生命の緑から、非生命の白へ。

なんということでしょう。緑の木々はいつしか白い石柱へと取って代わられたのでした。
石柱
これはいったい?
イギリスにおいて数多く発見され、日本でも散見されるという
ストーンサークル(環状列石)のひとつなのでしょうか。
古代人の手になる巨石建造物を、数千年の時を超えて
私はここ石神井池のほとりで見つけてしまったのか?
いや、ひょっとしたら、古代の超文明の残滓かもしれない・・・
え? ただの野外ステージ? えー。そんなばかな・・・
だって、もう一つ見つけたんですよ!
こんどはメンヒルです! いやモノリスといった方がわかりやすいでしょうか。
これです。
石柱
なんとこのモノリス、水中から天空へとそそり立っています。
このようなものの建造が人間に可能でしょうか?
これはひょっとしたら、300万年前に地球を訪れ、
我々の進化に手を貸したといわれるあの・・・

え? ただの記念碑じゃんって・・・
私の命懸けの探索はどうなるんですか!

諏訪神社と池淵史跡公園

遺跡
さて、私の探検も石神井公園中央部まで及びました。
案内板の中ほどを縦に走る道路の周辺です。
石神井公園にある池は、この道路より東が石神井池、西が三宝寺池となっています。
三宝寺池は昔から存在する湧水池なのですが、
石神井池のほうはせき止めによって人工的に作られた池なのだそうです。

さて、中央の道路まで達した私は左に向きを変えて少し進み、
「石神井プール」の看板が見えたところで再び左に折れて進みます。
しばらく進むと右に池淵史跡公園、さらに進むと左手に諏訪神社があります。
まず私は旅の安全を祈るため諏訪神社に参拝しました。
諏訪神社
もちろんこれは拝殿ではありません。手水台です。
神様にフラッシュかますのは失礼かと思いまして、遠慮したのです。
お賽銭は、えーと・・・内緒です。
諏訪神社はお稲荷さんが祀られているようですね。

さて、お祈りを済ませた後、池淵史跡公園に向かいました。
近所にこんなすごい場所があるとは知らなかった。
池淵史跡公園
見てください。
先土器時代のナイフ形石器や槍先形の石器、
縄文時代の竪穴式住居跡や打製石斧、そして縄文土器、
弥生時代の竪穴式住居跡と弥生土器、
そして鎌倉時代室町時代の様々な遺構や陶磁器類。
これだけのものがほぼ同一の場所から発見されたのです。

先土器時代からの遺跡ですから、数万年も前からここで生活が営まれていたんですね。
いやぁ、ロマンだなぁ・・・

ロマンの香りに浸っていたかったのですが、
公園内部からラジオの大音響が聞こえてきました。
現れたなオークども!

石神井の支配者

ナガフェン
私の旅も後半に差し掛かったようです。
石神井公園を東西に分断する街道を越えて、三宝寺池方面に踏み込みました。
三宝寺池の名は、近所にある真言宗のお寺「三宝寺」の名前から取られたようです。
三宝とはいかにも仏教的ですね。仏法僧です。

しかし・・・

仏教の説く涅槃や極楽にはおよそ似つかわしくない存在と出くわしてしまったのです。

中央の道を越えてすぐのところに池があり、板で遊歩道が造られています。
私は暗闇の中、恐る恐る遊歩道を渡り歩いたのでした。

しばらく歩いたところで・・・暗闇の中から物凄い音が聞こえます。
辺り一帯を震わすような羽ばたきと雄叫び・・・
身の危険を感じた時には、「それ」は既に眼前に迫っていたのでした。
「それ」に比べれば、私が石神井公園の東端で出遭った、
あの巨大生物などヒヨコに等しいといえるでしょう。

しかし私は、回れ右して駆け出したくなる気持ちを必死に抑え、
ここに来た目的を思い出して、私のたった一つの武器を構えたのでした。
そして手に入れた「それ」の姿です。
ナガフェン
私の視線と彼の視線がぶつかりました。
その威厳に満ちた姿に、私はしばし恐怖すらも忘れて立ち尽くしました。
彼は超然としていたのでした。
私を見てもまったく心を乱されることはないようでした。
彼から見れば私など哀れな生物の一つに過ぎないのかもしれません。

凍りついたまま、どれくらいの時間が過ぎたことでしょう・・・
彼は音もなく舞い上がり、光となって飛び去っていきました。

私は夢から覚めたかのように、自分の使命を思い出したのでした。

石神井城

石神井城
池淵史跡公園には鎌倉時代や室町時代の遺物がありましたが、
その本丸はここと言っていいでしょう。まさに本丸。

石神井城です。
こんなところにお城があったとは知りませんでしたね。
この辺り一帯は、「豊島氏」という領主の土地だったようです。
豊島氏は平安時代から歴史上に名を残しています。

もっとも、日本史の教科書には出てきませんけど。
血筋をさかのぼれば平氏に行き着くようですが、
平安時代後半の前九年後三年の役では源氏と共に戦っています。

鎌倉時代前半は源氏と共にあったようです。
源頼朝の傍に仕えていたようですし、承久の乱でも幕府側で戦っています。

さてここ石神井城ですが、建造されたのは鎌倉時代の終わりと推定されています。
室町時代の前半、南北朝の騒乱の時代もしぶとく生き延びますが、
室町時代の後半には関東管領上杉氏の内紛に巻き込まれてしまいます。

反乱軍側に味方した豊島氏の目下の敵は、上杉方の名将、太田道灌。
太田道灌の江戸城と石神井城は至近ですからね。
平安時代から続いてきた豊島氏ですが、
太田道灌との戦いで、その最期を迎えます。
豊島氏滅亡と共に石神井城も廃城となりました。

和睦の申し入れを拒否された豊島泰経は愛馬とともに三宝寺池に入水したそうです。
そして娘の照姫も後を追ったということです。
それで三宝寺池の北には姫塚と殿塚があるのですね。
石神井城
ご覧の通り、現在は石神井城跡の中心部への立ち入りは禁止されています。
兵共が夢の後。拡大図はこちら

照姫さん、現在はお祭りになっています。

石神井氷川神社

氷川神社
石神井城跡から程近い場所に氷川神社はあります。
氷川神社といってもセーラーマーズのいたあそこではありません。
石神井氷川神社は、室町時代前半に豊島氏が城の守り神として
大宮の氷川神社から御分霊を招いたのが始まりだといわれています。

ちなみに関東には氷川神社ってやたら多いようなのですが、
これはすべて埼玉県の大宮(さいたま市)にある氷川神社からの
御分霊なのだそうです。
氷川神社
氷川神社に祀られている神様は
・主神:須佐之男命(すさのおのみこと)
・相神:稲田姫命(いなだひめのみこと)
    大己貴命(おおなむちのみこと)
となっています。
須佐之男命は天界・高天原で大暴れをした神様ですね。
そのあとヤマタノオロチを退治したりします。
稲田姫命は奇稲田姫(クシナダヒメ)とも呼ばれ、
ヤマタノオロチへの人身御供にされかかったところを須佐之男命に助けられて
妻になった神様です。
そして彼らの息子が大己貴命。大国主神とも呼ばれる神様です。

それにしても室町時代前半から続いているということは
もう600年近くこの地にあるということですね。
石神井城は廃墟と化してしまいましたが、
氷川神社の方はますます立派な建物になっています。
いろいろ考えさせられます。
参考:石神井氷川神社
練馬区石神井台1-18-24
03-3997-6032

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関連雑学:須佐之男命を中心とする神々の系図です。
     古事記だと大国主神の位置が異なるようです。
氷川神社
(Wikipediaより)

三宝寺池沼沢植物群落

もう辺りは完全に暗くなってしまって、足許もおぼつかない有様となりました。
そこで私は石神井公園の西端に位置する厳島神社に参拝したら帰ろうと決めました。
氷川神社から西へと道なりに進みました。
いや、進んだつもりだったのですが、なんだか風景が予想と違います。
私は三宝寺池の南岸を西へ向かって進んでいるのだから、
右手に池が見えるはずなのですが、なぜか左手に水面が見えます。
三宝寺池
辺りは真っ暗で目印になるものも見つかりません。
板で組まれた遊歩道を歩きながら次第に不安になってきました。
そのうち分かれ道に差し掛かりました。
どちらにいけばいいのか、手がかりもありませんから、とりあえず左へ。
進んでいくと想定外のものを発見してしまいました。
三宝寺池
おお!
国の天然記念物がこんなところに!!
どうやらここは、貴重な沼沢植物が繁茂する場所だったようです。
しかし都市化の進行によって湧水の量が減り、
またかつては住民が生活のために刈り取っていたヨシなどの植物が放置されるようになったため
今では環境バランスが激変してしまったらしいです。
確かに、公園内にいれば忘れてしまいますが、
公園を一歩出ればそこには都会の喧騒と排気ガスに汚染された空気が満ちています。
公園内のみ、昔と同じ姿を保つのは至難かも知れません。

石神井公園には初めて来たのですが、すばらしいところですね。
池淵の遺跡群、石神井城跡、そして北の空には現代文明の象徴である高層ビル。
数万年にわたる人間の営為を一望のもとに収めることができます。
めまぐるしく変わる人間の営為に比べて自然は悠久・・・かと思いきや、
これも変化を余儀なくされています。

そして目の前には仏道の言葉を冠する三宝寺池。
誰だってこんな言葉を思い浮かべることでしょう。
「諸行無常」

などと感慨に浸っている私はもう一つの発見をしました。
これぞ御仏のご加護!
目の前の看板に現在位置が書いてあるじゃーん!!

迷子脱出。(拡大図
三宝寺池

厳島神社

迷子を脱出した私は、勇躍遊歩道を西へと進みました。
今度はおそらく間違いありません。
三宝寺池の中ほどへと伸びる橋を発見しました。
厳島神社
そうしてその向こうには小ぶりながら立派な社殿がありました。
これが厳島神社でしょう。
弁天様が祀られているということです。
厳島神社といえば安芸の宮島の世界遺産、厳島神社を思い出しますが
こちら三宝寺池の厳島神社は宮島の神社と比べてはるかに小規模ですね。
神社のある島の大きさは直径10メートルちょっとなんじゃないでしょうか。

などと思っていたら・・・

突如、神社の中から黒いものが飛び出してきたので
私の心臓も一緒に飛び出しそうになりました。
な、なんだ?
厳島神社
なんだ、ネコか・・・
なんだじゃありませんよ!
こんな真っ暗な中から、真っ黒なネコが飛び出してくるなんて!
弁天様のいたずらに違いありません。
真っ黒な・・・?
このネコ、真っ黒かと思いきや、足だけ白いじゃありませんか。
白い靴下を履いた黒ネコ。なんておしゃれなんでしょう。
やっぱり弁天様の使いに相違ありません。
どうもカメラは苦手のようですね。

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