Top >  一人暮らしと趣味 >  心と体の健康 >  苦しい生き方

苦しい生き方

最近スピリチュアルなお話が「流行」のようですが・・・・・・
霊とかあの世について、子供のころ、そして学生時代の私は馬鹿にしていました。
「そんなものあるわけないだろう」
そう考え、またそう考えることが知的に優れている証拠でもあると信じていました。
つまり信じている人を馬鹿にしていたわけです。

私は社会に出て、上記のような自分の信念に従って生きました。
しかしそれほど時間も経ずして、私の信念は揺らぐようになりました。
世の中には不条理なことがたくさんあると知ったのです。
陰で悪事を働いて「いい思い」をしている者が存在する一方で、
真面目に働いているのに苦しい毎日しかないという人も数多く存在します。
私の従来の考えに従うなら、多くの人々が何の救いも意味もなく死んでいくことになります。
それでは一部の「いい思い」をしているものの真似をすれば
人生は意義があるものになるのでしょうか?
それも違いました。この人たちもいつかは死ななくてはならない。

そしてそのころの私の信念に従うなら死=無、自身の絶対的な無意味化です。

私はおそろしい人生観を持って社会で生き始めたのでした。
なぜこんな、なんの救いもない人生観を持ってしまったのか、不思議で仕方がありません。
「そんなものあるわけないだろう」
その根拠は「科学的でないから」。
学校で習った理科程度の科学知識で、世界のすべてをわかったつもりになっていた
子供の私、学生時代の私は滑稽です。
そうかといって、科学を究めれば世界のすべてがわかるのかといえば、
決してそんなことはありません。科学は世界のほんの一部しか見ることができない。
世界のほんの一部の、さらに小さな一部を知って、
世界のすべてを理解した気持ちになっていた私。

だからこそ社会に出てしばらくは苦しまなければならなかったわけです。
絶望的な世界観・人生観を抱えて。

スピリチュアリズムとの出会いによって、私は少しずつ変わることができました。
ほんの少しずつですけど。

それでもこう思う人はいるかもしれません。
「霊? あの世? 馬鹿じゃないの?」
でも考えて欲しいのは、否定の根拠。
かつての私と同じではありませんか?

スピリチュアリズムは科学的に証明できません。真とも偽とも。
それならなぜ、わざわざ苦しい世界観・人生観を選ぶのでしょう。
人と人とをいがみ合わせるような世界観を。
弱肉強食しか導き得ない世界観を。
絶望が約束されている人生観を。

[決定版]生きがいの創造
スピリチュアルな生き方 江原啓之を読む

 <  前の記事 受験の思い出  |  トップページ  |  次の記事 ヴィトンの財布について  >